簡易LINK
5/5
日本紀行
Counter
写真 名     称 場 所 概    略
3番目の案内所の項目が多くなった為4頁目を作りました。 4番目の案内所へ戻る
2番目の案内所の項目が多くなった為3頁目を作りました。 3番目の案内所へ戻る
1番目の案内所の項目が多くなった為2頁目を作りました。 2番目の案内所へ戻る
旧本館分の案内所、統合した為1頁目を作りました。 1番目の案内所へ戻る
武蔵国 円融寺
むさしのくに  えんゆうじ
東京都 覚大師によってこの地に開かれ、天台宗から日蓮宗に改宗し、元禄11年に元の天台宗にもどる。束京都23区内では最も占い木造建築
陸奥国 白石城
むつのくに  しろいしじょう
宮城県 伊達領となって明治維新まで残る。
常陸国 袋田の滝
ひたちのくに  ふくろだのたき
茨城県 日本三名瀑のひとつ。
下野国 龍門の滝
しもつけくに  りゅうもんのたき
栃木県 大蛇の伝説。
出羽国 上山城
でわのくに  かみのやまじょう
山形県 別名、月岡城。
出羽国 霞 城
でわのくに  かじょう
山形県 別名、山形城。最上義光により拡張される。
出羽国 山寺の紅葉
でわのくに  やまでらのこうよう
山形県 宝珠山立石寺という。永年の水蝕と風蝕を受けて奇岩怪石がある。芭蕉も来た、蝉塚有り。
遠江国 掛川城
とおとうみ かけがわじょう
静岡県 山内一豊によって掛川城に初めて天守閣が造られる。
後、徳川譜代の大名の居城。
遠江国 浜松城
とおとうみ はままつじょう
静岡県 徳川家康の居城。後、譜代藩とする。
備前国 吉備津神社
きびつじんじゃ
岡山県 比翼入母屋造の本殿は立派。。
桃太郎伝説の地。
備前国 吉備津彦神社
きびつひこじんじゃ
岡山県 備前一宮にあり。
高さ日本一の大石灯籠がある。
新居宿 旅籠 紀伊国屋
はたご きのくにや
静岡県 紀州徳川家の御用宿を務めた、新居宿最大の旅籠。
映画にもなった、漂流して無人の鳥島に21年間生き残り、生還した3人。
遠江国 新居関所
とおとおみ あらいのせきしょ
静岡県 現存する関所建物。
江戸時代には、今切関所といわれた。
播磨国 赤穂城
はりまのくに あこうじょう
兵庫県 「刃傷松の廊下」で有名な、浅野内匠頭の居城。
大石神社あり、四十七義士の石像あり。
高松城水攻築堤址
みずぜめちくていあと
岡山県 高松城水攻め史跡公園。
水攻めのため堤防を作った址。
備中国 備中高松城
びっちゅう たかまつじょう
岡山県 めずらしい水攻めをされた城。
秀吉の中国大返しの地。
備前国 岡山城
びぜん おかやまじょう
岡山県 日本三名園の一つ後楽園を背景にした城。
烏城(うじょう)の別名がある。
備中国 備中松山城
びっちゅう まつやまじょう
岡山県 三大山城の一つ。
大石内蔵助が城明け渡しで、受け取りに行った所。
石の風車
いしのかざぐるま
岡山県 石を風車形に削り、岩に取り付けている。良く回る。
石のオブジェを総称して、風の舞台と云う。
大和国 橿原神宮
かしはらじんぐう
奈良県 神武天皇が日向から大和に来て、即位した地に、明治の終わり頃、明治政府が建立した神社。
紀州 道成寺
どうじょうじ
和歌山県 安珍清姫伝説の地
虎渓山 永保寺
こけいざん えいほうじ
岐阜県 夢窓国師が観世音菩薩像を本尊とし、1314年に水月場)を建立した。庭園がきれい。
安土周辺2(信長館・等)
のぶながかん
滋賀県 安土城の天主が復元展示してある
信長時代の神学校跡。
安土周辺1(城郭資料館)
じょうかくしりょうかん
滋賀県 安土城が2分割される模型がある
湧き水の公園。
近江国 安土城の紅葉
あづちじょう
滋賀県 信長が長篠の合戦の翌年築城、三年後に完成。三年後に本能寺の変で明智光秀が乗っ取り、豊臣秀吉に負けた時、焼失。
近江八幡城下
おうみはちまん じょうか
滋賀県 八幡堀が映画時代劇によく利用されている
近江商人発祥の地。
達谷窟 毘沙門堂
たっこくいわや びしゃもんどう
岩手県 征夷大将軍であった坂上田村麻呂が、ここを拠点としていた蝦夷を討伐した記念として建てた西側の岸壁上部には阿弥陀如来といわれる大きな磨崖仏が刻まれている。
鳴子峡の紅葉
なるこきょう
宮城県 鳴子温泉の近くにある、紅葉が綺麗な峡谷です。
三ッ石神社(盛岡)
みついし じんじゃ
岩手県 東顕寺境内に鎮座。
南部藩祖光行公を祭った盛岡市内では最古の神社。
「三ッ石と鬼の手形」の物語が岩手の地名の起源とか。
櫻山神社(盛岡)
さくらやま じんじゃ
岩手県 南部藩第二十六代藩主信直公の御神霊を勤請して奉ったのが始まり。
明治四十一年地の名に因んで櫻山神社と改称。
陸中国 盛岡城の紅葉
もりおかじょう
岩手県 南部信直(盛岡藩初代藩主)が慶長二年に築城を始めた。
築城開始から三十六年後三代藩主が入城して以来、藩政時代を通じて盛岡南部氏の居城となった。
3番目の案内所の項目が多くなった為4頁目を作りました。 4番目の案内所へ戻る
2番目の案内所の項目が多くなった為3頁目を作りました。 3番目の案内所へ戻る
1番目の案内所の項目が多くなった為2頁目を作りました。 2番目の案内所へ戻る
旧本館分の案内所、統合した為1頁目を作りました。 1番目の案内所へ戻る